トーキョーにいたときから憧れていた、キョート。
キョートに恋を、していた。素敵な喫茶店も多いし、西に引っ越してくるなら京都に住みたいと思ったが叶わず、というより少し距離を置いて憧れ続けているほうがいいと思い、電車で一時間という場所に住むことを決めた。
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい
―友達の詩(中村中)
京都を想うとき、この詩を思い出す。きれいなままで憧れていたいものは、友達くらいの距離が、ちょうどいいのだ。
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ライト商會-寺町
新京極の通り(うらぶれた竹下通りというイメージ)と寺町の通りの間の路地にある「ライト商會」を訪れる。
喫茶店、アンティークショップ、ギャラリーという3つの顔を持つお店。知り合いがよく展示を行うので縁のあるお店のはずが、休みだったり貸切だったり、開いているときは私の時間がなかったりとタイミングがよくなく、3度に1度くらいしかお店に入れない。
お店を切り盛りするのは、たぶんお母さんと息子(お客さんとの会話を盗み聞いた)。トーストを注文すると、息子(仮)がパンを買ってきますと言って外に出た。
お店には看板猫のきんたろう(銀太郎・きんちゃん)がいる。静かだけど、人懐こい猫。この日は唇を怪我していて平衡感覚がよくなく、カウンターの上から寝たまま落下したりしていたので心配になる。そのうち降りてきて、肩の上に乗ってきてくれた。
息子(仮)が戻ってきて、トーストとカフェオレが運ばれてくる。アンティークの照明の光に照らされた甘いあずきトーストとカフェオレはとてもあたたかかった。
*
長らく看板猫だったきんちゃんは遠くへ旅出ってしまったらしい。
最近は仔猫がお店にやってきて、訪れる人たちに可愛がられている、という話を聞いた。
ライト商會
京都市中京区寺町三条下ル一筋目東入ル
075-211-6635
喫茶12:00~20:00
BAR(金・土・日・祝前)20:00~24:00
月休
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六曜社珈琲店-三条
珈琲のんで 思いだす
ドーナツたべて 忘れてしまう
思いだしたり 忘れたり
喫茶店で記憶を遊ぶ
―可愛い記憶(甲斐みのり)
京都歩きの参考にしている文筆家・甲斐みのりさんの詩。「六曜社」という喫茶店に寄せて作られた詩である。甲斐さんにとって六曜社は思い出の場所で、デートをしたり、文章や手紙を書いたりしたそうだ。
そんな想いに重ね合わせるように、六曜社を訪れる。甲斐さんが好んで訪れた地下店のほうへ。地下店はバー仕様になっている。
煙草は吸わないけど、マッチや灰皿もかわいく、見入ってしまう。シャイな雰囲気のマスターが無言で注文を取りにきた。甲斐さんの詩を真似て、ドーナツも食べてみることにした。
中身のぎゅっと詰まった揚げドーナツは懐かしい味がした。
六曜社珈琲店
京都市中京区河原町通三条下ル東側
075-221-3820
1階8:00~23:00
地下12:00~24:00(水18:00 ~ 24:00)
無休
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ELEPHANT FACTORY COFFEE-河原町
村上春樹の「象工場のハッピーエンド」に由来する店名を持つ、「ELEPHANT FACTORY」。これは訪れないわけにはいかない。
河原町の繁華街の細い路地にあるお店。喫茶店嗅覚には自信のある私も、迷いに迷って、お店に辿り着いた。小さな店内にコーヒーのいい匂いが立ち込めている。
静かなお店だった。写真を撮るスマートフォンの音も躊躇われる。カフェオレの入った、意外とワイルドな象のシルエットが描かれたコーヒーカップを1枚、写真に収める。
店内に置かれたショップカードを手に取ってみたら、なんと東京の三軒茶屋に姉妹店があるらしい。お店の名前は「MOON FACTORY COFFEE」。月も村上春樹に縁のあるモチーフ。小説「1Q84」で、主人公の青豆が迷い込むのが月が2つある世界なのだ。
クールなお店だったが、帰りはスタッフのお姉さんが階下まで丁寧に見送ってくれた。
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僕が本当に気に入っていたのは、コーヒーの味そのものよりはコーヒーのある風景だったのかもしれない。
コーヒーは闇のように黒く、ジャズの響きのように暖かかった。
僕がその小さな世界を飲み干す時、風景が僕を祝福した。
―ある種のコーヒーの飲み方について(村上春樹・象工場のハッピーエンド)
ELEPHANT FACTORY COFFEE
京都市中京区蛸薬師通木屋町東入ル備前島町309-4 HKビル2F
075-212-1808
13:00~翌1:00
木休
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築地-河原町
河原町は人と待ち合わせをしたり、友人と観光したりということが多かったけれど、たまにふらりとひとりで訪れることもあった。
私の住む街の駅から河原町駅までは阪急線で一本。夕方くらいに「そうだ、京都行こう」と思い立っても一時間ちょっとで着いてしまう。錦市場に行って、夕食のために京野菜やお惣菜を買って帰ってくるだけという贅沢をしたこともあった。
「近くにある京都」はもうこれで最後、という予感があったわけではないが、最近もふらりと京都を訪れていた。
修学旅行生の団体をくぐり抜けながら、八坂神社、丸山公園、長楽館、祇園を歩き、四条河原町をまわってから、「築地」へ。昭和9年創業の堂々たる老舗。内装、家具、調度品、全てがクラシカル。永く時間を積み重ねてきたお店独特の、ぎゅっと詰まった時間の流れと匂いがたまらない。少し大きめの音でクラシックがかかっている。スピーカーもきっと良いものなのだろう、音に包まれてしばしの時間を過ごす。
もうすぐ、日が暮れる。帰らなくちゃ。
築地
京都市中京区河原町四条上ル東入ル
075-221-1053
11:00~23:00
無休
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それにしても、キョートと遠距離恋愛に戻ってしまうのは、ちょっと、いや、ずいぶんと、淋しい。
季節が終わる前に
あなたの空を流れる雲を
深く眠る前に
あなたの声を忘れないように
―KYOTO(JUDY AND MARY)
桃色の宴の季節か、桜の花の季節か、
花の咲く頃に、また京都に逢いに来たい。