その姿を目にした私は、思わず驚嘆の声をあげた。
 辺境とはいえ関東の地に、いまだこのような銭湯が残されていようとは-
 
2010年・夏のことである。
茨城県はひたちなか市の野外音楽祭に友人と参加した翌朝、私はひとり那珂湊に来ていた。
那珂湊とは栃木県から流れる那珂川(なかがわ)の最終地点、太平洋に面する港町だ。
ふだん全く訪れることのない茨城県、音楽祭がひたちなかとはまたとない機会。
沿岸の銭湯を巡るべく、水戸に宿を取る。
真っ黒日焼けで東京へ帰る友人を見送り、翌日訪れたのが那珂湊であった。
 
海まではすぐ、手が届きそうな港町。そこで亀の湯を目にしたときの感動は表しきれない。
表から裏までが木製、漆喰塗りの壁となんたる古色蒼然の佇まい。
時代錯誤も時代錯誤、今ここが江戸時代と言われてもいったい誰が疑おう。
いかに外れとはいえ首都機能の中枢を担う関東の地に、これほどの古態が残されていたなんて。
しかし残念ながら、つい数ヶ月前に廃業したようだ。
春ごろに電話で尋ねた際にはたしかに存続を確認、
近いうちに必ず行こうと胸に秘めていたものだが、時すでに遅し。
 
勤める東京とは同じ関東圏、日帰りも不可能ではなかったはずなのに、
どうして、どうしてもっと早く訪れることができなかったのか-
遡るはずのない時間、このときばかりは自身の行動力の無さを嘆いた。
ぴしゃり閉じられ、2度と開くことのない扉。
立ち尽くす私の頭上に、海鳥の声だけが空しく響く。
 
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○ 亀の湯
※2010年、廃業