敗戦後の数年間のことを、その頃飲まれた粗悪な酒に因んで、
「カストリの時代」というのは、よく時代を表したネーミングだと思う。


カストリの時代カストリの時代
著者:林 忠彦
ピエブックス(2007-04)
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本来は酒粕を原料に蒸留した酒だから「粕取」なのに、
戦後に飲まれた「カストリ」は、メチルアルコールが入った
粗悪どころか体に悪すぎて死者も出るようなものだったそうです。

その時代を舞台にした小説を読むと、「もう戦争は終わった」
という喜びとアメリカがもたらす豊かさや自由を感じられる幸せが
漂ってくるようなものもあるけれど、やはり他国に占領されて
いることによって作られる影を強く感じるのです。

その時代の影を最も多く書いた人と言えば、やっぱり松本清張。
中でも、占領期後半、もう「カストリ」も飲まれなくなった頃に
起こったいくつかの事件が、社会派作家松本清張のペンを走らせたようです。

この時代、未解決のまま真相がわからない事件が多く起こりました。
国鉄三大ミステリー事件と呼ばれる三つの事件は、
どれも1949(昭和24)年に起きました。
それもたった2ヶ月の間に。
1949年7月6日、下山国鉄総裁が常磐線の線路上で轢死した下山事件。
1949年7月15日、三鷹駅での無人列車暴走事件、三鷹事件。
1949年8月17日、故意のレール外しにより列車が脱線した松川事件。

中でも下山事件は謎が多く、アメリカ軍の諜報部隊が関わったと、
松本は結論づけています。


日本の黒い霧〈下〉 (文春文庫)日本の黒い霧〈下〉 (文春文庫)
著者:松本 清張
文藝春秋(2004-12)
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それから62年経った今も、下山総裁に職員の大量解雇を命じた
GHQの仕業だとか、それを苦にしての自殺だとか、真相はわかりません。

それから、この時代を象徴する事件と言えば、
国鉄三大ミステリー事件の前年、1948年に
椎名町で起きた帝銀事件でしょう。

厚生省技官の名刺を出した男が帝国銀行椎名町支店に現れたのは、
銀行業務終了直後の午後3時過ぎ。
「近くで赤痢が発生した」からと行員たちに薬を飲ませたのです。
青酸化合物による中毒で10人以上の方が亡くなったこの凄惨な事件は、
七ヶ月後に犯人が逮捕されます。
捕まったのは、当時画家として名を馳せていた平沢貞通でした。

この事件にも、松本清張は疑問を投げかけます。
薬の飲ませ方が巧妙で慣れている者でなければできない犯行だったため、
戦時中の防疫研究機関であり、細菌兵器の人体実験まで行っていた
731部隊の隊員による犯行ではないかと。
後に分かった事実によれば、犯人とされた平沢は、コルサコフ症候群という
脳の病いに罹っていて、自供は虚言だとも言われます。

1952年には占領が解かれ、その時代からはもう半世紀以上の
年月が流れたけれど、やはり真相は黒い霧の中にあります。


<参考文献>

帝銀事件の全貌と平沢貞通帝銀事件の全貌と平沢貞通
著者:遠藤 誠
現代書館(2000-07)
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平沢死刑囚の脳は語る―覆された帝銀事件の精神鑑定平沢死刑囚の脳は語る―覆された帝銀事件の精神鑑定
著者:平沢 武彦
インパクト出版会(2000-07)
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<この時代を舞台にした最近の本>


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