思い込みや早とちりで後から赤面することが時々ある。
以前勤めていた会社で、ハガキ書きを頼まれた。


 


「お願い!どうしても行きたいんだ」
加藤さんに頼まれて二つ返事で承知した。
ハガキくらい書いてあげますよ。
そのこちゃこちゃした小さい字で書かれたメモ見ながらね。


 


後日、同じくハガキ書きを頼まれた人と話した時のことだった。
「朝っぱらからラグビー観に行くなんて、加藤さんよっぽど好きなんですね」
「は?何の話?」
「ハガキ。頼まれたじゃないですか」
「???」
こちらも「???」
「早朝戦って朝の試合なんですよね?」
大笑いされた。
知っての通り、早朝戦じゃなく、早明戦です。
はぁ、そうですか。早稲田大学と明治大学の試合なのですね。
なんだそれ?こっちは知らん。なんて言えません。
自分の無知を恥じるのみ。


 


も一つ、あちゃーって早とちりもハガキの話。
両国に住んでいた上司に年賀状を出した。
「墨田区横綱」
年明け会うと、「うち、よこづなじゃなくて、よこあみなんだ」。
あー、失礼しました。
だって、両国って言ったら相撲じゃない。
なんだよ、横網(よこあみ)って。


 


さて、今日はその"よこあみ"がある両国の話し。
横綱のいる国技館のほかにも、両国には名所がある。


 


本所松坂町吉良邸。
大量殺人の行われた場所。
なんて言い方聞いたこともないけれど、杉浦日向子さんは、
そういう視点でここを書いた。


 


元禄十五年(一七〇二年)十二月十五日
寅の上刻、七ツ時(午前四時)


 


「火事だ!火事だ!」と叫んで、驚き出てきた人を次々討っていく。
頁をカルタのように区切った中に、胸や腹から血しぶきをあげ、
木槌で殴られた人が9人。
プレートのように「犠牲之人々」とある。
不意をつかれて23人の人が死に、16人が負傷した。
その数、家中の約半数。


 


主の吉良上野介は隠れていた炭焼小屋で斬られ、
白い布で覆って槍に括りつけたその首を掲げた
赤穂浪士一行は、明け方の江戸の町を主君浅野内匠頭の
眠る高輪泉岳寺まで歩いた。
 


この事件、美談になったのは後の歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」に由る
ところが大きく、事件の真相に疑問を投げかける人は多い。
吉良は、浅野にいじめなんかしていなかったとか、
浅野は、刃傷松の廊下の事件があったような花曇の天気の日には、
気鬱になって乱心する病気だったとかいう説もある。
              (参考:忠臣蔵元禄十五年の反逆)



真相はもう誰にもわからないけれど、日本人の誰もが知ってる
美談を思う時、「本当にそうだったんだろうか」と思う心と
美談の影で死んだ人に思いを馳せることを杉浦さんは思い出させてくれる。


 



最後に、一つお菓子をご紹介。
切腹最中


 


これを人にあげた時、「趣味ワル!」と言われたけれど、
このグロさに似合わずおいしいんです!
近くに行かれた際は、お一つぜひ!


 

☆お店は、本所松坂町ではなく、港区新橋にあります。
浅野内匠頭がお預けとなった田村屋敷跡近くです。

 

 


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