いったいどれくらい更新を滞らせたか確認したくないくらい時間が経ちました。
前回のお話は、千代田区六番町、内田百?の『ノラや』だったっけ。
このコラムは、場所か題材でなんとな~くつなげていっているのです。


今回はまた猫つながりで、こちら。


 


新選組始末記 (中公文庫)



子母沢 寛
中央公論社
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子母澤寛
と聞いてすぐわかる方はどれくらいいるでしょうか?
昭和の大衆小説家の中では、あまり知名度が高くないけれど、
実は誰もが知っている本の作者なのです。
『座頭市』・・・って誰もが知ってるよね?
ジェネレーションギャップに少々怯えつつ話を進めますが、
子母澤寛の作品の中でも、後世に大きな影響を与えたのが『新選組始末記』。
映画化、ドラマ化された新選組の話は、すべてこの本を種本にしている
と言っても過言じゃありません。
子母澤が新選組の生き残りに取材して書かれたこの本は、
昭和初期に出版されたもの。
生き残りに話しを聞く最後のチャンスだった言えるでしょう。
ただこの本には、子母澤の創作と生き残りの談話が混在していて、
有名な局中法度(※)も子母澤の創作だったのでは、なんて言われているのです。


さて、子母澤の創作である可能性がかな~り高いのがこのシーン。
千駄ヶ谷の町が舞台です。


 


 新選組の一番隊長を勤めた沖田総司は、
今新宿御苑の前通りになっている千駄ヶ谷
池橋尻の際にあった植木屋の平五郎という
ものの納屋に隠れていたが、慶応四年五月三十日、
年二十五でこの納屋の内で死んだ。
      (中略)
 総司は死ぬ三日程前、俄かに元気になって、
お昼頃、突然庭へ出て見たいという。いつも
介抱に来ている姉のお光が、新徴組にいる
婿の沖田林太郎と一緒に、御支配の庄内へ
行った留守で、後を頼んで置いた老婆がいたが、
心配して頻りにとめるけれども、きかなかった。
 いいお天気の日で、蝉の声が降るようだ。
丈の高い肩幅の広い総司が、白地の単衣を着て、
ふらふらと庭へ出る。
すぐ前の植溜の、梅の大きな木の根方に、
黒い猫が一匹横向きにしゃがんでいるのを見た。
「ばァさん、見たことのない猫だ、
嫌やな面をしている、この家のかな」
と訊く、そうじゃアなさそうだと答えると、
「刀を持って来て下さい、俺アあの猫を斬って見る」
という。(以下略)


 


 それから総司は、猫を斬ろうとするけれど、
「ばアさん、斬れない ??? ばアさん、斬れないよ」と言って
黒猫を斬ることを諦めるのです。次の日も猫は居て、
総司は斬ろうとする。でも斬れない。
その翌日のこと。


 


「ばアさん、あの黒い猫は来てるだろうなア」
といった。これが総司の最後の言葉であった。
息を引取ったのは夕方である。


 


子母澤は、これは介抱していた老婆が総司の義理の兄に
語った話だと書いているけれど、研究者の間では眉唾だそうで。
でもね、このエピソード、夢半ばで仲間と離れて死んでいく
青年らしくて、創作だとしたら思わず唸ります。


だけど、猫大好きの私は、読んだ時、「沖田総司ボケ!」と思ったものでした。


(歴女に殺されませんように...)


 


※局中法度
雑多な者が数多く集まった新選組では、局内の規律が保たれるよう
厳しい取り決めがありました。「士道に背きまじきこと」、「局を脱するをゆるさず」
といったもので、背いた者には血の粛清が待っていたそうです