池袋ジャングル。


  こう聞けば、東口からサンシャインへの雑踏のことだと思うだろうか?戦後の一時期、池袋西口界隈は、こう呼ばれた。池袋マーケットともいわれたこの辺りは、闇市だった。


水上勉の『飢餓海峡』にこんなくだりがある。


 


池袋西口ー詳述しておくと、豊島区池袋二丁目というのがこの界隈の名称だった。西口改札口から、西に向かう広大な焼野に迷路のように建てられたバラックや屋台店の町は、通称、池袋ジャングルといわれた。スイトンやカストリを売る店が、数百軒も道路の両側にならんで客をよんでいた。


 


 戦後の混乱期を舞台にした推理小説『飢餓海峡』は、四つの場所で事件が展開される。暗く悲しい北海道から青森、混乱の東京、そして、終結へ向かう京都舞鶴だ。三國連太郎主演で映画にもなったこの小説、サスペンスとしての評価は、松本清張の作品ほどには高くない。けれど、戦後の風俗や雰囲気に浸りたい時にはおすすめの一冊。


 池袋は、運命のいたずらで事件の当事者になってしまった女が、希望を求めてやってきた場所。今は、整備された公園とずいぶん立派な東京芸術劇場が目立つけれど、少し目を閉じて、耳を澄ますと、闇市の雑多でにぎやかな音が聞こえてくるような気がする。


 


 さて、池袋散歩はそのままもう少し西へ。立教通りに出て要町方面に進むと、左手に蔦におおわれた赤レンガが美しい立教大学本館が見えてくる。モリス館という名のこの洋館を眺めて、しばし学生気分を味わった後は、また要町方面へ数十歩。今度は左手にチャペルが見える。結婚式やパイプオルガンの練習で使われていなかったら、ちょっと覗いてみよう。


チャペル正面に向かって右手にある、鷲をかたどった木製の聖書台が目を引く。


この鷲、近づくと、胸に疵があるのがわかる。戦時中、「敵性宗教」として、軍人に切りつけられたものだそうだ。


 チャペルを出て北西に延びる小路を行くと、隣は住宅街という敷地のどんづまりに、目当ての場所がある。引越し魔の江戸川乱歩が終の棲家とした家が、立教大学所有になり、公開されているのだ。


 


注)カストリは、粗悪なアルコールのこと。


 


飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)           飢餓海峡 (下巻) (新潮文庫)


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