かつて、二子玉川には"新寿湯"という銭湯がありました。高島屋の裏に佇む、小さな小さなお風呂屋さん。その歴史70年、決して目立ちはしないけれど、ワンコインで楽しめる天然温泉。二子玉川住民憩いの場、老若男女、いつもお客さんで賑わう人気店でした。
きっかけは、格闘技でした。4年前の春、僕は初めて出場するキックボクシングの試合のために、減量に四苦八苦していたんです。なんせ、中学生以来経験したことのない契約体重です。練習、節制、体重計と睨めっこの日々。その中でふと思いついた減量法が、サウナでした。そして知人に促されるまま向かった先が、新寿湯だったというわけです。
驚きました。21世紀の東京に、古風な銭湯がいまだ残っていたことに。地方育ちの20代にすれば、東京とはすなわち渋谷であり新宿であり池袋であり、山手線から眺める巨大なビル街こそが、東京のすべてだと思っていましたから。煌びやかな二子玉川に、突如現れたノスタルジー。初めて新寿湯を目にした時の感動は、今でも忘れることができません。
多摩川の桜に目を奪われた春、ガラス窓のヤモリに心を和ませた夏。木枯らしに身震いした秋、湯あがりに澄んだ空を見上げた冬。通い詰めた日々は、僕の二子玉川生活そのものです。
新寿湯は2008年にその役目を終え、現在、跡地にはいかにも二子玉川らしい奇麗なマンションが建っています。入れ替わる住人たち、いったいどれだけの人があの日を知っていることでしょう。新寿湯とともに思い出までが消えていくようで、私は悲しくてなりません。