「最後」
『最後に伝えたいことがあるの。』
リコからの突然のメールだった。
数時間前に笑顔でいつも通りに別れたばかりだった。
全てがいつも通りだった。
だからなのか、俺はなんだかとてつもなく嫌な予感がした。
もうとっくに閉まっている夜の学校に忍び込み、屋上に向かった。
雪が、降っていた。
「リコ・・。」
手すりに手をかけていたリコは、小さな肩をビクッとさせて、ゆっくりとこちらを向いた。
冷たい冬の風がリコの髪を揺らしていた。
リコはこんな寒空の下、コートも着ていなかった。
「リコ、何やってんだよそんな格好で。風邪ひくから、ほら、俺のコート着ろよ。」
着ていた紺色のダッフルコートを差し出すと、リコは首を横に振った。
「いいの。」
リコの小さな手と細い足は、寒さのせいか真っ赤になっていた。
「ずっと、寒いままだったから。たとえ冬じゃなくても、春でも夏でも、あたしはいつだって寒くて仕方がなかったのよ。」
「・・何わけのわからないこと言っているの?」
リコは全てに失望したと言っているかのような目をして笑った。
「・・もう寒さを感じるのは耐えられないのよ。」
「なにか、あったのか?聞くから。とりあえず暖かいところに行こう?」
「今まで、ありがとう。」
一瞬だった。
最後にそう言って、リコは屋上から飛び降りた。
雪が積もり始めていた。
夜になると、いつだってあの光景を思い出してしまう。
俺はあの日から、季節がたとえ春になり、夏になったとしても寒いままだった。
リコが言ったように。
寒さに耐えられなくて、それを紛らわすために毎日のように違う女と寝た。
リコも、あの光景もただ忘れたくて。
でも結局、忘れられるわけがなかった。
「・・俺は、リコを救えなかったね。」
「こうなってしまったのは、誰のせいでもなかったのよ。あたしは、あなたには感謝しているわ。」
小さな手は、俺の頬に触れる。
「お願い、あなたはどうか純粋のままでいて。誰になんと言われようとあなたを貫いて。」
「無理だよ・・リコがいなきゃ、無理だよ。リコ、一体何が原因だったの?俺がいてもだめだったの?」
「あなたと出会う前から決めていたことだったのよ。あなたと出会って、少し予定がくるっちゃたんだけどね。」
リコは俺の口元にキスをした。
「そろそろ、行くわね。あなたの目、可愛くて好きよ。」
リコの体が少しずつ透けていく。
「リコ、頼むから行かないで。」
「お願いだから、あなたを貫いて」
最後にまたそう言って、リコは消えた。
甘い、柔らかな匂いだけを残して。
つづく