2007年末をもって、80年近い歴史に幕を下ろした廿世紀浴場。
ニッポンの伝統様式とアールデコとの融合は見事の一言、
東京銭湯の名所として、東に西に広く名の知られた存在だった。
廃業後も取り壊されることなく1年以上現存していたのだが、ついに解体が始まった。
三ノ輪駅に降り立ったのは、初夏の日差しに目が眩む五月の中旬。
祭囃子飛び交うなか胸騒ぎに早まる歩調、飛び込んできた煙突にほっと胸を撫で下ろす。
しかし、時すでに遅し?
その姿はぐるり覆われて、往時を偲ぶことすら叶わない。
かろうじて確認できたのは、覆いから飛び出したてっぺん部分だけだ。
かつてあそこには「廿世紀浴場」との印象深いレタリングがあったはずなのだが、
既に取り外されてしまったようで、ただぽっかりと大きな穴が開いているだけだった。



第壱番札所 ~ 廿世紀浴場 ~ 台東区・日本堤
雪降る日の廿世紀浴場 ? 台東区・日本堤
ニッポンの伝統様式とアールデコとの融合は見事の一言、
東京銭湯の名所として、東に西に広く名の知られた存在だった。
廃業後も取り壊されることなく1年以上現存していたのだが、ついに解体が始まった。
三ノ輪駅に降り立ったのは、初夏の日差しに目が眩む五月の中旬。
祭囃子飛び交うなか胸騒ぎに早まる歩調、飛び込んできた煙突にほっと胸を撫で下ろす。
しかし、時すでに遅し?
その姿はぐるり覆われて、往時を偲ぶことすら叶わない。
かろうじて確認できたのは、覆いから飛び出したてっぺん部分だけだ。
かつてあそこには「廿世紀浴場」との印象深いレタリングがあったはずなのだが、
既に取り外されてしまったようで、ただぽっかりと大きな穴が開いているだけだった。



第壱番札所 ~ 廿世紀浴場 ~ 台東区・日本堤
雪降る日の廿世紀浴場 ? 台東区・日本堤







2007年12月31日。最終日に開湯と共に入ったのを思い出す。
これが最期、とばかりに、「待ち」の人多数。「お遍路」の方も少々。
常連さんは、、少なかった記憶。
かく言う、ワタシも非常連「お遍路」の一人(だった)。
女将さんは、扉を開けるなり、
「いやー、こんなに沢山いるのは何年ぶりだろーねー」、の一言。
最終日ということで、湯内の写真の撮影も許してもらえた。
「(江戸東京建物博物館への)移転保存は、なし」、ということでしたので、この解体で、姿を消すのでしょうか、、。
それとも、大どんでん返しが、あったかな(^^、、、
ないだろーなー。
千住のM_Hachiya