「もしもし、越の湯さんが近々廃業になると聞いたのですが、本当でしょうか」
  「ええ、本当です」
「...そ、それでは最終営業日は?」
  「3月31日です」
 
 
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港区・麻布十番に沸く天然温泉銭湯、"越の湯"が廃業 ?
先日の、北海道出張の直前に入ってきた情報だ。
ここは確か、昨年末に入りに行った覚えがある。
年内のキックジムの最終開館日の28日、練習前に訪れたのだった。
 
大江戸線の麻布十番駅より、六本木方面へ向かう。
元禄年間発祥という鳥居坂を下ったところ、タイル張りのビルの一階に、越の湯がある。
どこからか風に乗って、あたりにはお線香の香りがふわり漂っている。
 
 
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着いたのは、開店の20分ほど前だった。どうやら、新聞でも取り上げられたらしい。
開店を待ちきれないお客さんが5人、10人、20人... 30人近くいるだろうか。
地元の人から自分のような銭湯ファン、温泉好き、黒湯マニア。 
はては"彷徨(さすらい)の秘湯ハンター"まで、多種多様な人々が集まっている。
 
ほとんどはひとりで来ているようだが、みな銭湯や温泉を愛する者同士だ。
いつ廃業を知ったのか、どこから来たのか、どこを回ったのか、
などという話があちこちで聞こえてくる。
 
 
午後3時。
ガラス戸が開くと同時に、みな一斉になだれ込む。
弧を描いたコンクリートの天井がむき出しで、細長い渋いタイルに覆われた浴室。
同じ港区、青山の清水湯にとてもよく似ている。
絵柄こそ違えど、都内でも有数の巨大で美麗なタイル絵。
艶めかしい裸婦の擦り硝子まで、一緒だ。
 
 
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しかし決定的に異なるのが、20cm先の脚も見えないほどの黒湯だ。
地下500mから掘り上げ、浸かれば美人・好男子というまさに都心の秘湯。
今日は最後の週末のためか、とても熱い。
大きな浴槽も別れを惜しむ人でぎゅうぎゅうで、脚を折り曲げなければ入れない。
この日ばかりはみな集団お見合いのように向かい合い、
初対面ながらそれぞれに思いのほどを語り合っていた。
 
 
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このところ原油高の煽りを受け、銭湯業界はますます廃業ラッシュが加速している。
しかも最近のそれは、"ラッシュ"を超えている。
"危機"や"非常事態"とでも言い換えるべき、空前の受難の時代が続いている。

60年近く続いた越の湯も、最盛期の3割という客足の減少と、原油高には勝てなかった。
間もなくこの湯は失われるが、まだあと1日ある。まだ、間に合う。
 
 
駅からのアクセスは、悪くない。
興味を持たれた方はぜひ明日、足を運んでみてはいかがだろうか。
六本木ヒルズから見下ろす、麻布十番の片隅で。
素晴らしき秘湯の最期を、見届けられてはいかがだろうか。

 
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○ 越の湯

住所 東京都港区麻布十番1?5?22
電話 03-3401-8324
営業 15:00~23:00

※2008年3月31日をもって廃業