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| 2009/05/14 10:10 | コメント(4) | トラックバック(0) |
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「地蔵湯」
改めて耳にするとぶっきらぼうというか、どこかそっけない響きだ。
しかし同じ屋号は都内でも数軒は現存するし、昨年名古屋の旅でも見かけているから
都内に限らずわりと一般的な部類なのかもしれない。
現在のご主人で3代目、もう詳しい由来は分からないのだが
玄関上のお札に書かれていた"地蔵尊"-
小岩駅のほうにあるそうで、関係があるとすればそれだろうということだ。
創業以来殆ど改装を経ていない浴室、奥の雄大な富士山が入浴客を出迎える。
飛び散る波しぶき、そして青々とした色使いは早川絵師の作品に間違いない。
毎年頼んで描き換えていただけに、先日の突然の訃報(※)には本当に驚かれたそうだ。
今回は、しばらく描き換えないでおこうかな-
そう呟くとご主人は、奥の富士山をしげしげと見つめなおす。





○ 地蔵湯
住所 東京都江戸川区北小岩2-12-11
電話 03-3657-3371
営業 15:30~22:30
定休日 土曜
※ 茶屋で一服 ~ ペンキ絵の早川氏、逝去 ~
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村雲様 こんばんは
いつもどーもです。
地蔵湯とは離れますが、昨日行った、堀切の第一富士の湯さん。
ここにも、早川氏のペンキ絵がありました。
平成17年5月作でした。
早川氏の絵にはサインがあるのでわかりますね。
なくても、いかにもそれらしくすぐ判ります。
まさに、小岩の地蔵湯さんの絵とそっくりな感じでしたよ。
先日のTV番組で、
どなたか記憶していませんがペンキ絵師に弟子入りした若い女性が
おられるとか。期待したいですね。
では
千住のM_Hachiya
>千住のM_Hachiyaさん
堀切へ行かれていましたか。
あの辺りは古き良き東京銭湯が多く、遠方ではありますが
東京で最も多く訪れているエリアの一つです。
早川さんは墨田区のお住まいだったらしく、
東京の東側の区に作品が多いのも納得がいきます。
>どなたか記憶していませんがペンキ絵師に弟子入りした若い女性が
おられるとか。
ご存じでしたか、私も昨年の銭湯ナイトでお見かけしました。
近いうちに失われるはずだったニッポンの伝統文化が、
生きながらえるのかもしれません。
陰ながら、応援したいと思う次第です。
村雲様 こんばんは
再RESで失礼。
今夕は、西六郷(住所は新蒲田ですが)の秀の湯さんへ行っておりました。
そこの大将(お見受けですが、75歳は超えてますかな、、、)と会話。
秀の湯さんにも早川氏のペンキ絵がありまして、秀の湯さんの絵は
昨年暮れ頃に書いていただいたもので、最期から三番目くらいでは?とのこと。
大将は、早川氏と好意にされており、突然の訃報に、、とのことでした。
早川氏は、「これが見収め、、」なんて言っておられたとか。
「現実になっちまったよ、、」と大将。
極近くの、一の湯さんが4末で廃業されたのですが、「家(うち)が辞めようと思ってたら、先に辞められちまったよ」、なんて冗談を言っておられました。
「設備も古くなるけど、頑張りますよ」、と言っておられました。
黒湯のすばらしい昔ながらの銭湯でございます。
では 千住のM_Hachiya
> M_Hachiya さん
秀の湯、私も行きました。
湧き出る黒湯、蒲田にやってきたことを、文字通り「肌で」実感できますね。
訪れたのは昨冬だったでしょうか、早川氏のペンキ絵も印象的でした。
かなりお客さんも入っていた覚えがありますが、
冗談とはいえそのようなことを言っておられましたか。
花が綺麗だった一の湯さんも辞めてしまいましたし、
銭湯王国の大田区も、少しずつお店の間隔が空いてきましたね。
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