<番外>昆布飴だぁ~

トーキョーBOOK
2008/12/13 13:51 | コメント(2)
  • 小庭三

私の勤める会社の業績がひどい。
大恐慌とも叫ばれる折、どこもそうだと言われるかも
しれないが、同業他社が「それをやったら業界は
終わる」という禁じ手も行うことがわかり、
みな戦々恐々としている。

私は斜陽産業に勤めている。
これは入社する時からよくわかっていたことだ。
右肩上がりになっていくことがあり得ない業界だし、
どこの誰に聞いても、よくて先細り、悪くすれば消滅
するのではないかという答えが返ってくるだろう。
そんなことは重々承知で、私は入社試験を受けた。
商品が好きだったし、意味があると思ったし、
自分が飛ぶ鳥を落とす勢いの企業に入るなんて
考えられなかったから。日の出より夕陽が落ち着く。

入社して、ギャップに悩んだ。
私はふらふらと根無し草で、それも雑草タイプの
生き方をしているけれど、周りにはエリート意識の
高い人も多い。
地元のいい高校を出て、地元の一番の大学に
入るという経歴の人たちは自分が斜陽産業に
入ったとは思っていないように見えた。

今だんだんと、私が見ていた会社と実体が
合ってきて、私はどこかほっとしている。
ずっと前から、そのうち会社を辞めて東京に
帰ろうと思っていたのに、まだここにいて、
ここで一緒に考えたい、と思えるようになった。

てなわけで、最近はいつも会社のことを考えている。
と、ふと思い出したのが幼稚園の時の思い出だ。

私はお寺の隣にある幼稚園に通っていた。
誕生会と4月8日(お釈迦さんの誕生日)には、
子どもたちみんなが楽しみにしていることがあった。

それは、昆布飴だった。

当番の子ども二人がお堂に昆布飴をもらいに
行くのだが、誕生月の子の分は少し多い。
うきうきと楽しみで、昆布飴をもらいに行く役の時は、
使命感を持ってもいた。
だってみんなの喜び様はすごいのだ。

「昆布飴だ~」とか
「なんとかちゃん多くていいなぁ~」とか

私は昭和49年生まれだ。
子どもの頃からケーキもアイスもあった。
しかも私は体が弱かったので、起き上がれない時には、
ベッドにプリンを持って来てもらったり、
チョコレートがけ苺を作ってもらったりする子どもだった。
甘いものに不自由をしてはいなかった。

だけど、昆布飴なのである。

会社の話から、なんでいきなり昆布飴かというと、
人はなかなか手に入らないものには、価値を
見出すのだということ。
業界が先細りしていくということは、もう意義を
終えたということなのかもしれない。
それならいっそレコード針のように、細々と、
少しだけ作り続けていく選択もあるんじゃないかと
思ったりする。

なんて、会社じゃ絶対言えないが...


なくなっていくものを思い浮かべる時、
私はいつもこの人の詩を思い出す。

  

中原中也詩集 (岩波文庫)


[PR]
コメント

小庭三さんがその商品が好きで、意味があると思えるものなら、
ほかにもそう思ってる人がいるはず!
ほんとにいいものは、細くても長く残ると思うなあ。
誰にも愛されてない、とりあえず売っとこうぜ!
みたいな商品って、ガーッと売れて、サーッとひくものね。
それにしても、昆布飴に喜ぶ幼稚園児!シュールだわ。
なんだか昆布飴食べたくなっちゃいました!

Posted by: ORI Date: 2008/12/16 12:20

ORIさん、こんばんは。
ありがとうございます。
そうですね。ほんとに。
細くても長く残る商品だといいんだけど・・・

>それにしても、昆布飴に喜ぶ幼稚園児!シュールだわ。
ね~
灰色の昆布飴を喜ぶ幼稚園児、シュールでしょ~
他にも色々思い出あるはずなのに、
写真に写ってるから記憶しているだけなのか、
本当の記憶なのか定かでないのです。
なのにお堂に昆布飴を取りに行く記憶だけは鮮明なのです。

Posted by: 小庭三 Date: 2008/12/17 23:59










画像の中に見える数字4桁を、半角で入力してください。

(利用規約)

(1)画像の中の文字がわかりにくい場合はプレビューを押して画像を再表示させてください。(2)時間帯によってはコメントの投稿に時間がかかることがあります。ご了承願います。(3)コメント投稿時にエラーがでても多くの場合コメントは反映されています。二重投稿にならないようご注意ください。

[PR]
トーキョーBOOKの最新記事
Google
トーキョーBOOKの最新記事
コラム一覧
総記事数:3511