「代官山とか下北沢って古くない?今は代々木だよね。
 えっ、飲む所いっぱいあるよ。今度教えてあげよっか?」
みたいな代々木通気取りの男女だけが歩いている代々木駅。
ボクはそんな代々木を通過点にして大江戸線にすべりこんだ。
ホームでしばしの電車待ち。
そんな時、まさかの”トキョめき”と出会った。

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ベンチに座って「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」と呟いてみる、
誰にも聞こえないくらい小さい声で。
タイルとタイルの間にある溝を見つながら。きっちり3回。
3回呟く事で何かが起きるかもしれない。
そう思いたかった。
そうやってずっと生きてきたのだ。
そして、それがただの自分への気休めだという事を分かりつつ……呟くのだ。

「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」「トキョめかない」……
”~~ない”って言葉は呟くのにうってつけの言葉だと思ってたら、
3つに連なった右端の席にゆるくパーマがかかっている女性が座った。
白のフリルのついたスカートにパープルのパーカーをあわせるという
ちょっとエキセントリックな女性だ。
真ん中の席をひとつ空けた左端にボク。

ボクはそれまで、「トキョめかない」なんて言ってもんだから
彼女を意識もせずに、再び、視線をタイルの溝に向けた。
 
でも、やっぱり体は言う事を聞いてくれなかった。
頭が、首が、目が、「彼女を見たい」という欲望に突き動かされている。
「顔だけ、顔だけでいいから」「誰に似ているか?」「ボク好みか?」
とかなんてどうでもいい。
同じ顔なんかひとつもない人間の顔を見たいのだ。
好奇心だ!海賊王に俺はなる!と言い聞かせて、さも「電車来ないかな~」なんてしれっとした顔で見る。
すると、彼女もボクを見ていた。
ちょっとした「東京ラブストーリー」なみに目が合う。
ちなみに、ボクは亀ともよく目が合う。


数秒間。



”トキョめき”の瞬間である。
まさか、見知らぬ女性とこれほどまでに目が合うと思わなかった。
「トキョめかない」とあれほど思っていたのに、こんな事があるなんて。
ボクらはお互いの何かを見つけあうかのようにしばし見つめ合った。

そして、彼女が立ち上がり、こちらに向かってくる。
「お母さん!」
こんな時、自然とこんな言葉が浮かんでくるボクをヨソに彼女は目をそらさずにこちらに向かってくる。
そして、すっとボクの前を通り抜けて、ホームのはしに向かって歩いていった。
こころなしか早歩きに見えたのはボクの被害妄想のせいだと思いたい。

この時ばかりは、ボクはずっと彼女を見る事ができた、
振り向かない彼女の背中を。
だって、彼女の背中に目はないし、ボクは振り向く事を期待していたから。

これが、永遠に続く放置プレイだと思ってボクは明日も東京を生きていく。


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