主のいない家に入るというのは、覗き見的快感をもたらすものだ。
などと下卑たことを思ってしまうのは、これから向かう家の主人が作り出した世界観に因るのだと思う。
屋根裏を散歩する男(『屋根裏の散歩者』)、椅子の中に潜み座られた相手に恋をする椅子職人(『人間椅子』)、「人間花火」になって、自らの肉塊を都会の夜空に打ち上げる男(『パノラマ島綺譚』)・・・
書くだけでなんだか気持ち悪くなってくる人間たちを小説の中に作り出し、東京の街の妖しげな魅力を引き出した人、江戸川乱歩。
彼の46回の転居(うち東京は26回)の最後が、豊島区池袋三丁目一六二六番地(当時の住所)の家である。現在、立教大学所有で一般に公開されている。(→こちら)
門からのアプローチは整然として、玄関先も落ち着いた雰囲気。応接間のソファは明るい青色だけど、浮ついた所はない。昭和の空気を感じさせるこの家全体から感じるのは、地に足の着いた生活だ。例えばここが官僚の家だと言われても納得してしまうだろう。だから"江戸川乱歩の家"を期待して行くと、少々拍子抜けする。
期待を裏切らないのは、屋敷の奥にある土蔵だ。一階も二階も、壁一面が本で埋め尽くされている。びっしり並んでいるのは、日本は勿論、推理小説らしき外国の本の数々。中でも見どころは、自著が並べられたコーナーだ。そこには本のほかに、紙が貼られた木箱がいくつかある。木箱はナンバリングがしてあって、年号毎に著作の題名が書いてある。題名は、黒字で書かれたものと赤字で書かれたものがあるのだが、棚の仕切りに同じ筆跡でこんな説明が。
赤字は合著または私の作や私への批評が一部に収められた本。
なんと、なんと、まぁ。分類もここまで徹底していると笑えてくる。この分類魔、江戸川乱歩の真骨頂が『貼雑年譜(はりまぜねんぷ)』だ。
自著の新聞広告、チラシ、手紙、住んだ家の見取図等々、彼の軌跡さえ「一つの作品」と思えてくる。中には、妹玉子死亡時の挨拶状もあって、時には楽しげに、時には真剣に作ったであろう年譜を、この頁の時にはどんな顔で作っていたんだろうか、と「平井太郎(本名)」の一面さえ垣間見せられる。
散歩のお供に役立つのは、乱歩手描きの「東京市ニ於ケル住居轉々ノ圖」と家屋見取図。見取図には、「家賃月九十円」だとか、庭にどんな木が植えられていたかとかまで書かれている。
次回は、乱歩の引越しナンバー29、本郷団子坂上へ。ここで彼は弟二人と共に「三人書房」という書店を営んでいた。