僕が毎日通勤に利用している、東急・田園都市線。とある朝、ぎゅうぎゅうの通勤ラッシュに二子玉川駅で乗り込んできたのは、見慣れぬ外国人の男性でした。堂々たる体躯に小粋なアクセ、どこを突いても隙のない蒼い瞳は、まさに"メトロセクシャル"。彼に関するエピソードを、今日はちょっと小説っぽく回想してみるといたしましょうか。
 
 
                         ※
 
 
身の丈180を優に超え、引き締まった顔立ちにこざっぱりと立ち上げたブロンドの短髪。 若々しいストライプスーツのインに、サックスブルーのオクスフォードシャツを ノーネクタイでお召しの蒼い瞳は、艶やかな長髪の邦人女性を連れていた。 時たま小声で言葉を交わすふたりの会話は、近くにいても聞き取れないほど。端正な出で立ちに、その紳士的な佇まい。 逆立ちしても勝ち目の無い私は「天性」の一言に救いを求め、 視線を逸らした。
 
ふと顔を上げると、少し離れた網棚のビジネスバッグが語りかけてきた。 スマートな体躯の彼は繊細なリザードの型押しをまとい、 飴色に傾いたこげ茶の肌からはそれなりに年月を重ねてきたとお見受けするが、 丹念に磨き上げられしボディは穏やかな光沢を放ち、 その誇りは微塵も陰りをみせることがない。 主役の引き立てに回った、黄金色に輝くベルトの金具。その刻印にようやく、どちらの銘かを知るに至った。
 
私は、彼の主を探した。 うつむいた真下の座席の男性は鞄をお持ちだし、 周りには女性しかいないけれど?
 ああ、そうか。 背が高いから、そこからでも届いてしまうのか。
隙のないセンスに妙に納得し、私はビジネスバッグとの会話を終えた。  
 青山一丁目、青山一丁目 ?
蒼い瞳は、私の乗換駅の一つ手前で伴侶と降りていった。
 
キルティングのレザーもいいけど、モノグラムだって素敵だけれど。 背中で己の全てを語る、寡黙な鞄もいいかもしれない。 田園都市線のメトロセクシャルが、教えてくれた。
時計の針は、そろそろ9時を迎えようとしている。 南北線を待つ学生たちの傍らで、私は背広の釦をそっと留め直した。
 
 
ロエベ(Loewe)
 
皮革製品で有名なスペインのブランド。現在ルイ・ヴィトンなどに代表されるLVMHグループに属する。ドイツ人のハインリヒ・ロスマン=レーヴェ(エンリケ・ロエベ・ロスバーグ) が1892年マドリッドに開いた革製品専門店が元になっている。 世界最高水準の革を使ったバッグや小物、洋服が有名で、スペイン王室御用達のブランドである。(Wikipediaより引用)