制服が冬服から夏服に変わる頃、ブレザーからブラウス一枚になる頃、僕らは出会ってしまった。
肩まで伸びた黒髪にいつも釘付けだった。
いつだって屋上で、タバコに火をつけて舞っていたんだ。
彼女は。
「わかっていないとでも思ったの?」
その日、突然彼女は屋上のドアに向かって言った。
「知っていたわよ。ずっとあなたがそうやって毎日私を見ていた事を。」
隠れて、見ていたつもりだったのにな。
「えっと・・ごめんなさい。」
僕はドアの影から顔を出した。
「あなた何年生?見ない顔。」
「二年。」
「二年?何組?」
「三組。・・あだ名はギョーザ。」
「は?何それ。」
「・・家が餃子屋だからって。」
「・・面白くない。」
「僕もそう思う。」
初めて、話をした。
思っていたより、声が低いんだ。
へえ・・泣きボクロがあるんだ。
「・・なんでこんな所に一人でいるのよ。」
うっすらとだが、彼女のブラジャーの線が見えた。
「・・別に。教室は、いてもつまらないし。それに・・」
「それに?」
彼女は腕を組んで首をかしげた。
組んだ腕は彼女の胸に押し付けられていた。
彼女のブラジャーの色がピンクだという事だけはわかった。
「・・なんでもありません。」
「・・変な子。まぁ、あたしも人のこと言えないか。」
彼女はタバコを携帯用灰皿で押し消し、約20パーセントの笑顔で笑った。
「なんだか、君とあたしは少し似ているようだね。」
「え?君と僕が似ている!?一体どこが?」
「あたしだって教室にいてもつまらなかったからここにいたわけだし。それに、面白くないあだ名、あたしにもあるもの。」
彼女は、足下の置いてあったサイダーを口に含んだ。
ペットボトルに付いた水滴は、彼女の細い指へ。
太陽の光でそれはきらきらとした。
思わず僕は生唾を飲み込む。
「ね、君。サイダーは好きかな?」
「え?」
彼女は僕に近付いた。
綺麗な手は僕の頬に触れ、彼女の唇が僕の唇に届きそうになると、冷たくてほんのり甘い雨が、僕の頭の上にだけ降ってきた。
「冷たい!!」
でも、はじけて、甘い。
「ねぇ、雨が降るくらいなら、サイダーが降って欲しいと思わない?」
サイダーで濡れた僕の髪に彼女は触れた。
空になったペットボトルは、ポーンと音を立てて床に転がった。
今、彼女は確かに僕に触れている。
彼女の息が僕の首筋に吹きかかる。
少しずつ、僕の鼓動は速くなっていく。
息が、荒くなっていく。
「あっあの・・僕!!」
肩を掴もうとするとすっと彼女は手を離した。
「私はそろそろ帰る。」
僕は何も言えず、何も出来ず、彼女のほうを振り向きもせず、そのままの格好で立っていた。
「ねぇ、また君はここに来るのかな?」
僕は、答えなかった。
少しすると、扉の閉まる音が響いた。
とてもとても、重い音だった。