こんばんは、ちょっと狛江を離れて帰省していましたが、今朝がた帰って参りました。
東京にやってきたばっかりの頃は、実家で「いつ東京に帰るん?」と聴かれると、複雑な気分になったものでした。私は京都に帰ってきてるのに、更に東京に帰るとはどういうことやねん、と。
でも最近は、京都にも狛江にも「帰る」という動詞を使うことに抵抗がなくなってきました。
帰ってくる場所があるのは、なんだか幸せな気分です。複数あったら得した気分。狛江にただいま。

さてさて、そんな我が街狛江は本日、曇りのち雨。夜の十時半頃、狛江駅まで帰ってきたときには、冷たい雨がざあざあ降っていて、大層憂鬱な気分でした。あーあ、GWも終わったし。明日も出勤やし。がっかり。
けれど、狛江駅の改札前では、ギターを抱いたおにーさんが声高らかに歌っていました。

ギターのうまい下手は私にはよくわかりませんが、おにーさん、歌はうまかった。ものすごく気持ちよさそうに歌ってて、なんとなく足を止めました。狛江駅の改札前は、結構音が響くようにできています。こんなに冷たい雨の日やのに、なんて明るい穏やかな声。
などとぼんやり突っ立っている私に、曲が終わったおにーさんから一言。
「雨なのに足とめてくれて嬉しーわ」
お、発音に馴染みがある。西の方の人やね。(広島の人でした)

ここでちょっと余計な話。
うちのコラムだけ読んでいて、狛江はものすごいド田舎やと思ってる人もいはるかもしれませんが、狛江はドがつくほど徹底した田舎ではありません。結構、中途半端に田舎です。だから駅前にはストリートミュージシャンが、毎日はいませんが、ときどきいます。
でも狛江は、少なくとも今のところは、逆立ちしても都会ではありません。『道行く人みな赤の他人』てなかんじじゃないわけです。
なので、狛江で歌を歌うと、こんなことがあったりします。たとえば。

そのいち:酔っぱらいのオッチャンに声をかけられる
明らかに顔の赤いオッチャンから、突然詰め寄られたりします。
「狛江、狛江はいいところだぞー」
オッチャン、力説。狛江からヤーさんがいなくなったのはオッチャンのおかげらしいです。オッチャン、楽しそうだけど歌は聴いてない。曲の間もずっと話してます。

そのに:お客に差し入れ争いをされる
三十代くらいの男性登場。
「お金じゃなくてごめんね」
といいながら、温かい珈琲を差し入れ。寒いしかなり嬉しいかもね!
すると、先ほどのオッチャン、狛江の顔としては負けてられんと思ったらしく、おもむろに札を取り出しました。おお、諭吉っつぁん!
「や、それは流石にちょっと悪いので」
と遠慮するおにーさん(ええ人!)を振り払って、去っていきました。帰り際、別の通行人にもからんでいきました。なんで財布から万札が消えてるんか、後で覚えてるやろか、オッチャン。

そのさん:別のミュージシャンに挑まれる
更に別の男性登場。どことなく余裕ありそげな雰囲気を纏っていらしたので、ここではオジサマと呼ばせていただきましょう。
「ブルースはできるの?サンバは?」
いきなり音楽談義をふっかけたオジサマ、しばらくフムフムとやったあと、おもむろに鞄の中からタンバリンを取り出しました!わあ!
その場で鮮やかにリズムを刻んで見せて、いや、聴かせてくれまして。マジかっこいい!タンバリンてつくづく楽器なんやなあ、長いことカラオケでしか見てへん気がしてたけど!
そして繰り広げられる、雨の狛江での突発セッション!!
うはー、楽しい!めっちゃ得した。GW明けかつ休出前の雨の寒い金曜日の夜に、こんなボーナスがあるなんて。残業してこの時間に帰ってきてよかった!野次馬な私は大満足。

このように。
狛江では歌を歌うにあたっても、人間に触れる覚悟と期待が必要です。ロンリーに歌いたい人には向かないかも知れませんが、人間好きにはオススメですよ。
歌歌いのおにーさん、嫌がってないといいなあ。楽しんでくれてたらいいなあ。
ときどき狛江でやってるって言ってくれてたし、また来てくれるといいなあ。

八ヶ岳へやってきた/せおしんじ

CDお買いあげしてみました。
八ヶ岳へやってきた/せおしんじ
お値段せんえん。
セッションしてた曲が入ってたんで嬉しくなりました、よ!