今日おどろきのニュースが耳の穴に飛び込んできた。
「なにぃ!い、いせやが取り壊しだと?!」
いせやとは吉祥寺にある有名な老舗焼き鳥屋さんで、煙もくもくのカウンターがいつもいい感じにオッサン臭と昭和のカラーテレビ風かつフォークソングな雰囲気を漂わせている(もはやよくわからん)。井の頭公園の近くに2店あり、今回取り壊されるのは総本店のほう。お店の前を通ったことは何百回とあるが、実際行った事はいづれも1回しかない。小学生の頃、前を通るたびに
「おとなになったらこういうところでおさけをのむようになるのかな?そういうおんなのひとになったら、かっこいいな」
と思っていただけに(当時わたしは男の子になりたがっていた)、初めて行った時は嬉しかった。
「おーいお嬢ちゃんのわたしー、そういうおんなのひとに、なっちゃったよー!でもかっこいいかはわかんないわー!!」
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2階は昭和の「家」って感じで、女友達3人と焼き鳥とビール、コイバナとか面白い話をゲラゲラ笑い合った04年の夏がまぶたに浮かぶ。ああそんな日もあったな。
そんないせやが25日の営業を最後に取り壊されてしまうのである。常連さんなんかもっと複雑な思いに違いない。フォーク歌手の高田渡氏もここの常連さんだったそうな。

時が流れるというのはこういうことなのだろう。生き物に寿命があるように、ものや建物にも寿命がある。この街のどこかで今日も、誰かが一生を閉じ、また誰かが生を宿す。それが連なってこの土地が、そして暮らしが、支えられてゆく。店とて同じこと。街のオーラみたいなものはいきなりこじつけでつけられたんじゃなく、時間の厚みとか土地での営みによって自然に発生したものなのではないでしょうか。だから今、都心で盛んな都市計画なんてなんだかジオラマみたい。「街は会議室で作るんじゃない!現場で生まれてゆくものなんだ!」。人間同士、あるいは人間と自然とのコミュニケーションとか愛情がないと、凹凸がなくて面白い街にならないって思っちゃう。
来年の10月、新しいビルとともに戻ってくるそうだ。
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余談だが、もう1つのお店のほうは井の頭公園から吉祥寺に歩く途中の、いろんなお店でにぎわう坂にある。いせやの手前の「スタバ」でコーヒーの香りを満喫したと思った途端「いせや」の焼き鳥の煙を浴び、その先の「チチカカ」「大原商店」「ムゲン堂」ではインドのお香やら香辛料やらのオリエンタルな香りに包まれ、さらに先の「マルイ」のボディーショップで西洋の果物の香りを浴びる、という嗅覚障害になりそうな世界一周の旅なんて、いかがでしょうか。