廃業の相次ぐ銭湯だが、多くのお客さんに看取られつつ
最期の日を迎えることができるのは、
どちらかといえば幸せな部類かもしれないと思うようになった。
なぜなら弁天湯ときたら、惜しむ間もなく廃業に追い込まれてしまったのだから。
 
2008年5月某日、その知らせは全国を駆け巡った。
 北千住の弁天湯、火災にて焼失?
江戸の果て千住、芭蕉が旅立ちの句を詠んだことでも、その名は知られている。
弁天湯はその地に創業し、100年近くを数えた。
しかし昨年春に突然の失火、炎は瞬く間に木造建築を侵食し、その大半を焼き尽くした。
お客さんにこそ被害は出なかったものの、釜場の番頭さんは逃げ遅れての死亡。
自分が弁天湯を訪れたのは、わずか2週間前だった。
それが、こんな最期を迎えることになるだなんて。
驚きの知らせに駆け付けた当日、その最期を惜しむとともに
すんでのところで湯に浸かることのできた"幸運"を、ここに思い出さずにはいられない。
 
2009年9月某日、弁天湯の跡地を訪れた。
あれから1年半が経つというのに、敷地は整備されまっさらのままだった。
向かいのおでん屋さんの暖簾越しに、その風景を見つめる。
いつか眺めたはずの景色も、あの日を偲ばせるものは
隣の小庭の弁天様以外に見当たらない。
向こうからかすかに流れてくる、賑やかな祭囃子。
いささか季節遅れの風鈴が、ときたまそれに呼応する。
 
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※ 第廿弐番札所 ~ 弁天湯 ~ 足立区・千住旭町