まだ日の高いうちに二子玉川へ着いたので、
どこかのお店で"おひとり様"の晩御飯でもいただこうかと、高島屋の裏手を歩いていた会社帰り。
6月の廃業以来めっきり訪れることのなくなった商店街の奥を覗くと、新寿湯はまだあった。
青い瓦の三角屋根はいずこ。
新寿湯は変わり果て、見るに耐えない姿となっていた。
けれどそれでも残っていたのは剥き出しとなった、忘れることのないあの背景画だ。
初めて日の目を見たであろう、大きな大きなモザイクタイル絵。
弁慶の仁王立ちの如き異様な光景に、道行く人々も思わず足を止める。
このようになって初めて、ここに銭湯があったことを知った人もいたようだ。
ゆっくりと、夏の太陽が沈んでいく。
なかなか立ち去ることのできない自分に、
多摩川のほうから夕暮れの優しい風が、そっと頬をなでるようにした。
どこかのお店で"おひとり様"の晩御飯でもいただこうかと、高島屋の裏手を歩いていた会社帰り。
6月の廃業以来めっきり訪れることのなくなった商店街の奥を覗くと、新寿湯はまだあった。
青い瓦の三角屋根はいずこ。
新寿湯は変わり果て、見るに耐えない姿となっていた。
けれどそれでも残っていたのは剥き出しとなった、忘れることのないあの背景画だ。
初めて日の目を見たであろう、大きな大きなモザイクタイル絵。
弁慶の仁王立ちの如き異様な光景に、道行く人々も思わず足を止める。
このようになって初めて、ここに銭湯があったことを知った人もいたようだ。
ゆっくりと、夏の太陽が沈んでいく。
なかなか立ち去ることのできない自分に、
多摩川のほうから夕暮れの優しい風が、そっと頬をなでるようにした。
それにしても今まで利用していた人達はこれから、どうするのでしょう。